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クロエ財布見分け方編集

 父は本堂から降りて来て、 「出る。たしかに出る。」と言った。何んだか父が私が失望しはせぬかという懸念のためにいい加減に言われたような気がした。 「本当ですか。どんな『くじ』なんです。」 「旭《あさひ》の登るが如しと言うのじゃ。」  と言って、竹の札(くじ箱にはそれが百本入っていて、一本ずつ振ると出て来る。その偶然が人人にとっての運命になっている。)を見せた。それには文字通りの「上吉」が出ていた。  そして私の詩が印刷された。私はそれからは信じきれないうちにも、時時信じるようになっていた。神秘に近いものが毎時《いつも》「おくじ」に現われているようにさえ思うのであった。米の相場師などがよく朝早くやって来た。「吉」が出ると、 「買っていいんですな。本当にいいんですな。」と血眼《ちまなこ》になる人もあった。 「おくじ」の出たとおりにやって儲《もう》かった人は、よく大きな金燈籠や真鍮《しんちゆう》の燭台や提灯《ちようちん》などを運んでお礼まいりに来たりした。  若い芸者などはよく縁の有無を判断してもらいに来た。父は、どんな人にも口数をきかなかった。要領だけ言っていつも奥へ這入《はい》ることが多かった。  そのころから十年前に寺の庫裏《くり》から失火して、屋根へ火がぬけたことがあった。まだ宵のくちであったから、火はすぐに揉《も》み消すことが出来た。けれどもあとで気がつくと父の姿が見えなかった。捜すと父は本堂の護摩壇で槃若経《はんにやきよう》を誦《よ》んでいた。と目撃した人は、「あの小さいお上人《しようにん》さんがまるで鐘のような声でお経をよんでいたのは本当に凄かった。」とあとで言っていた。 「お前お茶をあがらんか。」  と、父は私の読書している室へ呼びに来ることがあった。寂しいほど静かな午後になると、そういう父も寂しそうにしていた。 「え。ごちそうになります。」  父の室へはいると相変らず釜鳴りがしていた。父はだまって茶をいれて服《の》ませた。それに羊羹《ようかん》などが添えられてあった。父は草花がすきで茶棚には季節の花がいつも挿《さ》されてあった。 「お前も早く成人しなければいかん。」  などと時折に言った。  私は父の顔を凝視するごとに、この父もきっと世を去るときがあるにちがいない。それも近いうちにあるにちがいないと云う観念をもった。そしてなおつくづくと父の顔を眺め悲しんだ。  父の立てた茶は温和にしっとりした味いと湯加減の適度とをもって、いつも美しい緑のかぐわしさを湛えていた。それは父の優しい性格がそのまま味い沁みて匂うているようなものであった。
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