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null「あんたがた、うちのお父はんに会おう思うて、来たのか」  そのとおりだと答えると、 「あのな、うちのお父はんかて、えらいことあらへんで」  と言う。私たちは笑った。あとで綾子と話し合ったのだが、いつも多くの人が榎本牧師を訪ねて来る。それはきっと、自分の父が偉いからであると、この子は思いこんでいたにちがいない。が、何かの機会に榎本牧師に諭されたのであろう。 「まちごうたらあかん。威張ったらあかんで。お父はんかて、そんなに偉くあらへんのや。人間いうものはな、みんな罪人や。けどな、イエスさまが、みんなに代わって十字架におかかりくださってな、それでみんな助かっとるのや。そこんところを、まちがえんようにな」  全くの推量ではあるが、おそらく当たっていると思う。ともあれ、彼女の言葉は微笑ましかった。榎本牧師のことを思い出すと、必ずあの時の彼女と言葉が浮かんでくる。同時に、榎本牧師の笑顔が瞼に浮かぶ。榎本牧師は綾子が書いているとおり、時にはとっつきにくい表情も見せたが、笑顔が何とも楽しかった。 「あのニカーッと笑う顔が、実に魅力的ね」  綾子もよくそんなことを言っていた。「ニッコリ」ではなく「ニカーッ」という形容がぴったりだった。そして言葉がまた魅力的だった。 「ほうかあ」  という口癖も楽しかった。そんな影響からか、本書の会話も綾子は生き生きと書いている。もっとも「ちいろば」を下敷にしているから、会話も書きやすかったのかも知れない。その「ちいろば」を読んだ時、綾子は自分なりに榎本牧師の伝記小説を書きたいと思ったわけだが、いつその承諾を得たのか、さだかではない。 「週刊朝日」に「ちいろば先生物語」の連載を始めたのは一九八六年一月三日、十日合併号からで、一九八七年三月二十七日号で終わっている。取材開始はおそらく連載を始める三年前にはなされていたと思う。 今治時代の榎本保郎牧師。  ちいろば先生こと榎本保郎牧師が五十二歳の生涯を閉じたのは、一九七七年七月二十七日、所はロスアンゼルスのマリーナ・マーシー病院の一室であった。ブラジルへの旅の途中、機内で吐血、和子夫人に付き添われて急遽同病院に入院、最後を迎えたのである。  ブラジルへ行くと聞いた時、綾子は絶対反対と電話で中止を求めた。階段を這って上るという健康状態を聞いていたからである。が、榎本牧師は死を覚悟で出発した。  そんなわけで、和子夫人始め親族兄弟の方々、特に関係の深かった奥村光林氏等から、榎本牧師の死の数年後に取材をさせていただいた。このため私たちは、幾度か京都、今治に出向いた。京都では奥村光林氏宅にも参上して、榎本牧師の軍隊当時をいろいろお聞きすることができた。