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 お雪は口には出さないが、おどろいてしまった。  かつての歳三は、もっと見栄坊で、大坂の夕陽ケ丘のときでさえこうではなかった。  窓が白みはじめたころ、二人はそれと気づかずに眠りに入った。  が、|一刻《にじかん》もたたぬまに、歳三はお雪の体を抱き寄せた。 「お雪、どうも、可哀そうだな」  歳三もわれながら|可笑《おか》しかったとみえて、くすくす笑った。 「いいえ、可哀そうじゃありませんわ」 「痩せがまんだな。お雪の眼はまだ半ばねむっている」 「うそだ、歳三さんの眼こそ、まだ夢の中にいるみたい」 「夢の中さ」  歳三には、陳腐な|詞藻《しそう》が、なまぐさいほどの実感で湧きあがってきている。  函館の港を見おろす楼上で、いまお雪と二人きりでいること自体が、夢ではないか。 (人生も、夢の夢というようなものかな)  これも陳腐だが、いまの歳三の心境からみればまったくそのとおりであった。三十五年の生涯は、夢のようにすぎてしまった。  武州多摩川べりでのこと、江戸の試衛館時代、浪士組への応募、上洛、新選組の結成、京の市中での幾多の剣闘、……それらの|幾齣《いくこま》かの情景は、芝居の書き割りか絵巻物でもみるような一種のうそめいた色彩を帯びてしか、うかびあがって来ない。  夢である、人の世も。  と、歳三はおもった。  歳三は、それを回顧する自分しか、いまは持っていない。なぜならば、敵の上陸とともに戦うだけ戦って死ぬつもりでいる。
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